10/9
時点_ポイント最大11倍
自転車日記 /デヴィッド・バーン 東辻賢治郎
販売価格
3,300
円 (税込)
- 出荷目安:
- 1~2営業日で出荷
たまるdポイント(通常) 30
+キャンペーンポイント(期間・用途限定) 最大10倍
※たまるdポイントはポイント支払を除く商品代金(税抜)の1%です。
※表示倍率は各キャンペーンの適用条件を全て満たした場合の最大倍率です。
各キャンペーンの適用状況によっては、ポイントの進呈数・付与倍率が最大倍率より少なくなる場合がございます。
dカードでお支払ならポイント3倍
各キャンペーンの適用状況によっては、ポイントの進呈数・付与倍率が最大倍率より少なくなる場合がございます。
- 商品情報
- レビュー
≪商品情報≫
著者名:デヴィッド・バーン、東辻賢治郎
出版社名:鹿島出版会
発行年月:2026年08月
判型:四六判
ISBN:9784306094543
≪内容情報≫
歩くより速く、鉄道より遅く、歩行者より少しだけ高いその視点が、世界を見渡すぼくのパノラマの窓になった。
自転車から広がる思考の軌跡――デヴィッド・バーン《バイシクル・ダイアリーズ》待望の邦訳!
元トーキング・ヘッズ、現在ソロアーティストとして活躍するデヴィッド・バーンは、自転車を愛するミュージシャンとして知られる。彼はツアーで世界の都市をめぐる際に、折りたたみ式自転車を持ち込んだ。
ペダルを漕ぐことでしか進めないシンプルな二輪の乗り物から見えてくる都市の表情が、旅人としてその地に降り立った著者の思考を絶え間なく刺激する。とめどなく広がる思考の軌跡は、街の人びととの交流や表現活動に触発されながら、目に映る風景をありのままに描き出す。そこには、自らの内省が織り込まれるとともに、社会、政治、経済、歴史、格差問題など、都市の抱える課題も見え隠れしている。
2000年代にいち早く、徒歩でも車でもない自転車移動の視点から綴られたこの稀有な都市論は、デヴィッド・バーンならではのユニークな洞察と先見性によって、昨今の自転車政策の課題を浮かび上がらせる。それは都市景観の証言としていまなお色あせることなく、むしろ生き生きと、社会や人びとの生き方と関係したカウンター・カルチャーとしての「自転車」を位置づける。
「そう、こうした街のほとんどでは、ぼくは大体ただの通りすがりにすぎなかった。だからそこでぼくに見えていたものがそもそも浅い、限られたもの、どこまでも個別的なものだといわれればその通りだ。この本でぼくが都市について書いている多くのことは、街を鏡にした一種の自己観察みたいなものともみなせるだろう。しかし同時に、わずかなあいだ滞在する旅人が、些細なものや表に現れた具体的な事柄を読み解くときには、もっと大きな全体像や、その街がひそかに抱える思惑のようなものが、ほとんど自然に浮かび上がってくることもあるとぼくは思っている。経済は店先に、歴史は建物の玄関口に姿を現すはずだ。顕微鏡を近づければ近づけるほど、不思議と視野が広がっていくこともあるのだ。」(はじめにより)
著者名:デヴィッド・バーン、東辻賢治郎
出版社名:鹿島出版会
発行年月:2026年08月
判型:四六判
ISBN:9784306094543
≪内容情報≫
歩くより速く、鉄道より遅く、歩行者より少しだけ高いその視点が、世界を見渡すぼくのパノラマの窓になった。
自転車から広がる思考の軌跡――デヴィッド・バーン《バイシクル・ダイアリーズ》待望の邦訳!
元トーキング・ヘッズ、現在ソロアーティストとして活躍するデヴィッド・バーンは、自転車を愛するミュージシャンとして知られる。彼はツアーで世界の都市をめぐる際に、折りたたみ式自転車を持ち込んだ。
ペダルを漕ぐことでしか進めないシンプルな二輪の乗り物から見えてくる都市の表情が、旅人としてその地に降り立った著者の思考を絶え間なく刺激する。とめどなく広がる思考の軌跡は、街の人びととの交流や表現活動に触発されながら、目に映る風景をありのままに描き出す。そこには、自らの内省が織り込まれるとともに、社会、政治、経済、歴史、格差問題など、都市の抱える課題も見え隠れしている。
2000年代にいち早く、徒歩でも車でもない自転車移動の視点から綴られたこの稀有な都市論は、デヴィッド・バーンならではのユニークな洞察と先見性によって、昨今の自転車政策の課題を浮かび上がらせる。それは都市景観の証言としていまなお色あせることなく、むしろ生き生きと、社会や人びとの生き方と関係したカウンター・カルチャーとしての「自転車」を位置づける。
「そう、こうした街のほとんどでは、ぼくは大体ただの通りすがりにすぎなかった。だからそこでぼくに見えていたものがそもそも浅い、限られたもの、どこまでも個別的なものだといわれればその通りだ。この本でぼくが都市について書いている多くのことは、街を鏡にした一種の自己観察みたいなものともみなせるだろう。しかし同時に、わずかなあいだ滞在する旅人が、些細なものや表に現れた具体的な事柄を読み解くときには、もっと大きな全体像や、その街がひそかに抱える思惑のようなものが、ほとんど自然に浮かび上がってくることもあるとぼくは思っている。経済は店先に、歴史は建物の玄関口に姿を現すはずだ。顕微鏡を近づければ近づけるほど、不思議と視野が広がっていくこともあるのだ。」(はじめにより)






