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小林徳三郎 Kobayashi Tokusaburo:A Retrospective /東京ステーションギャ ふくやま美術館 岩手県立美術館
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- 商品情報
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≪商品情報≫
著者名:東京ステーションギャラリー、ふくやま美術館、岩手県立美術館
出版社名:国書刊行会
発行年月:2025年11月
判型:B5変
ISBN:9784336078049
≪内容情報≫
詩のような日常宇宙。
福原信三(資生堂初代社長)や林芙美子(著述家)をはじめ多くの文化人に愛され、日本近代洋画の改革期を駆け抜けた異色の洋画家、小林徳三郎(1884-1949)。
フュウザン会や春陽会での活躍、島村抱月(演出家・作家)や松井須磨子(俳優)らによる劇団・芸術座の舞台美術、日常を題材に繰り返し描いた魚やこどもたち……。
約300点の作品と新たに発見された舞台・出版資料、そして充実の論考により、その画業の全貌に迫る。
全国4都市を巡回する初の大回顧展公式図録。
◆第1章 洋画家を目指して
小林徳三郎は選んだ題材を、とことん描いた。その最初期の例が、のちに徳三郎の妻となる政子で、さまざまな姿を捉えたスケッチなどが残されている。また、港や岸辺の風景、見世物や観客の様相にも強い関心をもっていた。油彩と水彩だけでなく木版やエッチングにも取り組み、東京美術学校やフュウザン会で出会った仲間たちと切磋琢磨していたこの頃の作品を紹介する。また、この頃に知り合った友人のなかで、その後も関わりが特に深かった眞田久吉、萬鐵五郎、木村荘八、硲伊之助の作品も紹介する。
◆第2章 大正の大衆文化のなかで
劇団「芸術座」の看板俳優・松井須磨子が公演『復活』で披露した劇中歌「カチューシャの唄」は現在でも知られる大ヒット曲であるが、当時の小林徳三郎は同劇団の舞台装飾の仕事をしており、松井須磨子は徳三郎の支援者でもあった。調査によって発見された膨大な資料のなかから、舞台背景、衣裳、美術のデザイン案とともに、戯曲や小説、『文章世界』など出版物のために手がけた下絵や原画を紹介。多岐にわたる当時の仕事ぶりを掘り起こす。
◆第3章 画壇での活躍
大正時代末期から昭和8(1933)年頃までが、小林徳三郎の洋画家としての最盛期といえるでしょう。「鰯の徳さん」と認識されるほど周囲に強い印象を与えた大胆な筆触による魚の作品、屈指の名作《金魚を見る子供》をはじめとする家族を描いた代表作を一堂に紹介する。小説家の林芙美子は徳三郎の作品を所蔵しており、彼の作品の魅力を「空気のはいった、生活のはいった何気なさにある」と表現している。本章で紹介される作品は、まさにこの魅力を表しているものである。
◆第4章 彼の日常、彼の日本
肺結核にかかり療養を余儀なくされた小林徳三郎は、復帰すると南画風の風景画なども好んで描くようになる。晩年は、人物、静物のほか、入り江、渓流、自宅周辺などの風景を題材に多く描き、素朴ながらも風格を備えた作品を残すと同時に、洒脱な静物画も好んで描いた。東京国立近代美術館における洋画第一号の収蔵作品となった《海》や、支援者であり親友でもあった福原信三を描いた《室内のF氏(F氏の居間)》といった代表作だけでなく、気軽に描いた素描類まで余すところなく紹介する。晩年に至っても衰えなかった制作への情熱を感じることができるであろう。
著者名:東京ステーションギャラリー、ふくやま美術館、岩手県立美術館
出版社名:国書刊行会
発行年月:2025年11月
判型:B5変
ISBN:9784336078049
≪内容情報≫
詩のような日常宇宙。
福原信三(資生堂初代社長)や林芙美子(著述家)をはじめ多くの文化人に愛され、日本近代洋画の改革期を駆け抜けた異色の洋画家、小林徳三郎(1884-1949)。
フュウザン会や春陽会での活躍、島村抱月(演出家・作家)や松井須磨子(俳優)らによる劇団・芸術座の舞台美術、日常を題材に繰り返し描いた魚やこどもたち……。
約300点の作品と新たに発見された舞台・出版資料、そして充実の論考により、その画業の全貌に迫る。
全国4都市を巡回する初の大回顧展公式図録。
◆第1章 洋画家を目指して
小林徳三郎は選んだ題材を、とことん描いた。その最初期の例が、のちに徳三郎の妻となる政子で、さまざまな姿を捉えたスケッチなどが残されている。また、港や岸辺の風景、見世物や観客の様相にも強い関心をもっていた。油彩と水彩だけでなく木版やエッチングにも取り組み、東京美術学校やフュウザン会で出会った仲間たちと切磋琢磨していたこの頃の作品を紹介する。また、この頃に知り合った友人のなかで、その後も関わりが特に深かった眞田久吉、萬鐵五郎、木村荘八、硲伊之助の作品も紹介する。
◆第2章 大正の大衆文化のなかで
劇団「芸術座」の看板俳優・松井須磨子が公演『復活』で披露した劇中歌「カチューシャの唄」は現在でも知られる大ヒット曲であるが、当時の小林徳三郎は同劇団の舞台装飾の仕事をしており、松井須磨子は徳三郎の支援者でもあった。調査によって発見された膨大な資料のなかから、舞台背景、衣裳、美術のデザイン案とともに、戯曲や小説、『文章世界』など出版物のために手がけた下絵や原画を紹介。多岐にわたる当時の仕事ぶりを掘り起こす。
◆第3章 画壇での活躍
大正時代末期から昭和8(1933)年頃までが、小林徳三郎の洋画家としての最盛期といえるでしょう。「鰯の徳さん」と認識されるほど周囲に強い印象を与えた大胆な筆触による魚の作品、屈指の名作《金魚を見る子供》をはじめとする家族を描いた代表作を一堂に紹介する。小説家の林芙美子は徳三郎の作品を所蔵しており、彼の作品の魅力を「空気のはいった、生活のはいった何気なさにある」と表現している。本章で紹介される作品は、まさにこの魅力を表しているものである。
◆第4章 彼の日常、彼の日本
肺結核にかかり療養を余儀なくされた小林徳三郎は、復帰すると南画風の風景画なども好んで描くようになる。晩年は、人物、静物のほか、入り江、渓流、自宅周辺などの風景を題材に多く描き、素朴ながらも風格を備えた作品を残すと同時に、洒脱な静物画も好んで描いた。東京国立近代美術館における洋画第一号の収蔵作品となった《海》や、支援者であり親友でもあった福原信三を描いた《室内のF氏(F氏の居間)》といった代表作だけでなく、気軽に描いた素描類まで余すところなく紹介する。晩年に至っても衰えなかった制作への情熱を感じることができるであろう。

