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写真師 島隆 日本初の女性フォトグラファー /蓑崎昭子
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≪商品情報≫
著者名:蓑崎昭子
出版社名:皓星社
発行年月:2025年09月
判型:四六判
ISBN:9784774408644
≪内容情報≫
写真の黎明期に女が写真を撮っていた!
200年前に生まれた島隆は、まさにキャリアウーマンの元祖だった。年下の男と結婚し、写真の技術を身につけ、プロの写真師としてその名を歴史に残した女性だ。その全貌が今、あきらかになる。
--石内都(写真家)
島隆(しま・りゅう、1823-1899)、という女性をご存知だろうか。幕末の江戸下町、日本で初めて「写真師」を名乗った人物だ。
隆は、4歳下の夫で、「和製ダ・ビンチ」とも呼ばれた島霞谷(1827-1870)とともに写真技術を身につけ、千葉や新潟を遊歴した。霞谷が金属活字の製造に成功した直後に若くして病没すると、それら幕末の写真、絵画、印刷活字などの史料を故郷・桐生に持ち帰り後世に遺した。1986年、群馬県桐生市の島家土蔵から、隆が持ち帰ったそれらの資料、幕末から明治初期にかけての写真、絵画、印刷活字などの膨大多彩な遺品資料が続々と発見され大きな話題になった。
それらの資料が活用され、霞谷については研究が進む一方、隆については遺品を残した妻としての功績を中心に語られてきた。だが実は、帰郷後に桐生で写真館を開いたり、マンガン鉱を売り出すなど、晩年まで気丈に生き抜いたのだ。
著者は、それら貴重資料の発見から現在に至るまで、ながく地元紙「桐生タイムス」の記者として隆を追いかけてきた。本書は、そんな著者がまとめた、初の「島隆」の物語。「霞谷の妻」としてではない、日本初の女性写真師・島隆の一生涯を描き、世界へ、未来へと繋ぐ。
著者名:蓑崎昭子
出版社名:皓星社
発行年月:2025年09月
判型:四六判
ISBN:9784774408644
≪内容情報≫
写真の黎明期に女が写真を撮っていた!
200年前に生まれた島隆は、まさにキャリアウーマンの元祖だった。年下の男と結婚し、写真の技術を身につけ、プロの写真師としてその名を歴史に残した女性だ。その全貌が今、あきらかになる。
--石内都(写真家)
島隆(しま・りゅう、1823-1899)、という女性をご存知だろうか。幕末の江戸下町、日本で初めて「写真師」を名乗った人物だ。
隆は、4歳下の夫で、「和製ダ・ビンチ」とも呼ばれた島霞谷(1827-1870)とともに写真技術を身につけ、千葉や新潟を遊歴した。霞谷が金属活字の製造に成功した直後に若くして病没すると、それら幕末の写真、絵画、印刷活字などの史料を故郷・桐生に持ち帰り後世に遺した。1986年、群馬県桐生市の島家土蔵から、隆が持ち帰ったそれらの資料、幕末から明治初期にかけての写真、絵画、印刷活字などの膨大多彩な遺品資料が続々と発見され大きな話題になった。
それらの資料が活用され、霞谷については研究が進む一方、隆については遺品を残した妻としての功績を中心に語られてきた。だが実は、帰郷後に桐生で写真館を開いたり、マンガン鉱を売り出すなど、晩年まで気丈に生き抜いたのだ。
著者は、それら貴重資料の発見から現在に至るまで、ながく地元紙「桐生タイムス」の記者として隆を追いかけてきた。本書は、そんな著者がまとめた、初の「島隆」の物語。「霞谷の妻」としてではない、日本初の女性写真師・島隆の一生涯を描き、世界へ、未来へと繋ぐ。






