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競争学試論 社会契約説から競争契約説へ /杉崎隆晴
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- レビュー
≪商品情報≫
著者名:杉崎隆晴
出版社名:ロギカ書房
発行年月:2025年05月
判型:A5
ISBN:9784911064245
≪内容情報≫
本書は、筆者が中学生時代から心理学とともに関心を持っていた日本人論の理解の深化と本職である体育学におけるスポーツ理解の進展から生まれた考え方を新しい社会理論としてまとめたものです。
社会で生きる個人を律する論理は、通常、社会契約説を基本として理論化されています。社会を運営するために法律を作るのは、自分たち人間は自由にやらせると自己中心になり万人の万人に対する闘争になってしまうので、その人間が理性的に行動して法律を守るという約束をしたからであるとされています。
一方、筆者が本書で競争学として議論する競争契約説では、遊びを自由に楽しむために制度化した競争ルールを、人びとが、あらゆる分野での競争にも適用することを契約した集団を「社会」と定義することにします。
人間は理性的動物である前に感性的動物です。したがって、人間の生きる意味はまずは感性的に満たされなければなりません。子供時代の遊びから発達してきた競争志向が誰にでもあるということは納得するはずです。現代社会における人びとの生活が政策論争や経済競争に支配されていることは明らかですが、その効用のすべてが好意的に捉えられているわけではありません。しかしながら、その競争の本性が善であることは本書の初めの二つの章で明らかにされます。このことを頭の片隅に入れて本書をお読みください。
現代は競争社会だと言われます。これは、主として自由経済社会における自由競争をイメージして語られていますが、新自由主義が語られ始めてから、特に議論がかまびすしくなり、経済競争の是非や競争の実態についての書籍が氾濫しています。しかし、競争の定義や、人間行動にとって競争がどういう意味を持つのかを体系的に扱った書籍は見当たりません。
私は、人類における競争の意味(本質)を人類の歴史を踏まえて考えないと、本質的理解にはならないと思います。本書の目的は、市場競争が現代の必然であることを示すことにあります。この必然性を考えないと、私たちが「市場競争と付き合っていかなければならない」存在であることを理解できず、必然的な競争社会を生き抜く覚悟を決められないと思うからです。
理論社会学が社会を理論で考える学問、実験社会学が社会を実験を通して考える学問とすると、本書は社会を競争現象として捉えていますので競争社会学と称すべきなのでしょうが、そうすると、競争社会を分析する学問と狭く捉えられてしまいそうなので、あえて競争学としました。
最後の二つの章では、それまで批判的に展開していた日本文化の世界平和への寄与の可能性について、日頃頭の片隅に入れていた思いを文章にしてみました。本書では日本特有の「世間」を批判的に分析していますが、世間を前提とした社会の調和を何よりも優先させてきた日本人の心性も、少しマイナーチェンジすれば世界平和に寄与する運動を発信できるのではないかというのが私の思いです。初めて言葉にしましたが、ご批判いただければ幸いです。
著者名:杉崎隆晴
出版社名:ロギカ書房
発行年月:2025年05月
判型:A5
ISBN:9784911064245
≪内容情報≫
本書は、筆者が中学生時代から心理学とともに関心を持っていた日本人論の理解の深化と本職である体育学におけるスポーツ理解の進展から生まれた考え方を新しい社会理論としてまとめたものです。
社会で生きる個人を律する論理は、通常、社会契約説を基本として理論化されています。社会を運営するために法律を作るのは、自分たち人間は自由にやらせると自己中心になり万人の万人に対する闘争になってしまうので、その人間が理性的に行動して法律を守るという約束をしたからであるとされています。
一方、筆者が本書で競争学として議論する競争契約説では、遊びを自由に楽しむために制度化した競争ルールを、人びとが、あらゆる分野での競争にも適用することを契約した集団を「社会」と定義することにします。
人間は理性的動物である前に感性的動物です。したがって、人間の生きる意味はまずは感性的に満たされなければなりません。子供時代の遊びから発達してきた競争志向が誰にでもあるということは納得するはずです。現代社会における人びとの生活が政策論争や経済競争に支配されていることは明らかですが、その効用のすべてが好意的に捉えられているわけではありません。しかしながら、その競争の本性が善であることは本書の初めの二つの章で明らかにされます。このことを頭の片隅に入れて本書をお読みください。
現代は競争社会だと言われます。これは、主として自由経済社会における自由競争をイメージして語られていますが、新自由主義が語られ始めてから、特に議論がかまびすしくなり、経済競争の是非や競争の実態についての書籍が氾濫しています。しかし、競争の定義や、人間行動にとって競争がどういう意味を持つのかを体系的に扱った書籍は見当たりません。
私は、人類における競争の意味(本質)を人類の歴史を踏まえて考えないと、本質的理解にはならないと思います。本書の目的は、市場競争が現代の必然であることを示すことにあります。この必然性を考えないと、私たちが「市場競争と付き合っていかなければならない」存在であることを理解できず、必然的な競争社会を生き抜く覚悟を決められないと思うからです。
理論社会学が社会を理論で考える学問、実験社会学が社会を実験を通して考える学問とすると、本書は社会を競争現象として捉えていますので競争社会学と称すべきなのでしょうが、そうすると、競争社会を分析する学問と狭く捉えられてしまいそうなので、あえて競争学としました。
最後の二つの章では、それまで批判的に展開していた日本文化の世界平和への寄与の可能性について、日頃頭の片隅に入れていた思いを文章にしてみました。本書では日本特有の「世間」を批判的に分析していますが、世間を前提とした社会の調和を何よりも優先させてきた日本人の心性も、少しマイナーチェンジすれば世界平和に寄与する運動を発信できるのではないかというのが私の思いです。初めて言葉にしましたが、ご批判いただければ幸いです。

